内科などで血液検査が必要なことは分かる方は多くとも、精神科や心療内科で血液検査の必要性に関しては疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。しかし、精神科や心療内科でも治療の一環として、血液検査をする場合があります。内科ではないのになぜ血液検査が必要でしょうか。下記では、精神科・心療内科で血液検査が必要な理由を説明していきます。
診断と治療方針を決めていく上で大切
心と身体の状態を把握する
心身の症状は、相互に深く関係しています。内臓の不調によっては、疲れやすい、体がだるいといった、うつ症状と同様の症状がみられる場合もあり、様々な内臓の状態や病気の可能性の有無等を血液検査で見つけることもあります。例えば、精神症状が併発することがあるとされる代表的な身体疾患に、バセドウ病や橋本病等の甲状腺疾患があります。甲状腺ホルモンが高値、低値でこころの病気とほぼ同様な症状を認める場合があります。診療は最も可能性が高いものから考えていくことになります(昨今であれば発熱や感冒症状があればCOVID-19を考えることになりますが、これはCOVID-19感染症が蔓延する以前には専用の検査そのものもほとんどの医療機関が体制を整えておらず、結果この診断ができない状態でした)。
このため、検査は診療開始初期と、何らかの疾患の可能性を考えて行う場合とがあることになります。その他、メンタルクリニックに相談されることはほとんどありませんが、甲状腺機能の問題以外でも脳炎、脳出血、脳梗塞といった身体科的な緊急疾患でも「普段と様子や言動が違う…」といった‘こころの症状‘がみられることもあるとされます。これらは成書に記載されるように、元来の疾患の治療で改善が期待されるためえ、元来の身体的治療を優先する必要があります。
一方、メンタルクリニックで相談を受けることのある話に戻すと、「最近疲れやすくて…」というのが実は貧血症状だったという場合などもあります。これら貧血の有無に加えて、身体的自覚症状がない診療初期のスクリーニング検査では、腎機能障害、肝機能障害などに問題があるかをみることは重要、と当院では考えております。これらは特に軽度の障害の場合、自覚症状がほとんどないということも珍しくはありません。しかし、これらの障害がある場合はこころの病気で使うお薬でも、避けた方がいいもの、減量して使った方がよいとされるものなどがあります。これらを踏まえて、当院では初診時、特に初めてお薬を使っていく場合や、特定のお薬をしばらく使っていく場合は、その途中で血液検査や心電図検査を推奨させていただいております。
血中濃度を把握する
上記以外でも、治療薬によっては血中濃度が特に気を付けていく必要があるとされるものもあります。血中濃度というのは、そのお薬が血液中にどのくらいあるかということになります。年代・体格がほぼ同じな同性の方に同じお薬を同量処方しても、血中濃度が異なる場合があります。これは、すべての患者さんが同じように体内にとどまるわけではないからと考えられています。もう少し踏み込んでお話をすると、摂取したお薬は吸収する消化管の機能、お薬の排泄に向けた代謝処理をする肝臓や腎臓の機能などでその濃度が影響を受けるからと考えられます。
お薬を飲むと、基本的にはお薬は消化管で吸収され、徐々に体外に排泄されるような代謝を受けていきます。お薬がすぐに腎臓で尿として排泄されてしまってはほとんど体内に滞在できませんから、多くは肝臓で一度処理を受けてから徐々に体外に排泄される形のお薬が多くあります。この過程で腎臓からあるいは肝臓で胆汁とともに消化管に排泄されていきます。これらの経緯でお薬は、血液中から徐々に失われ、有効に作用する濃度を下回ることで、薬効は失われます。お薬によっては代謝物が薬効を示すように設計されたものや、消化管に戻ったあとも再吸収され薬効が継続するものなどもあります。これらからお薬の代謝・排泄には肝臓・腎臓の機能が関係することになります。
肝臓にはこうしたお薬を代謝するための物質(酵素)が多数存在していますが、これら一つ一つを測定することは現実的には難しく、血液検査で肝臓の働きを見て判断することになります。また同時に腎臓の働きも併せて見ることで、安全に使えるお薬であると考えられるものから、選択して使っていくことになります。これらの経緯に個人差があるため、同じお薬を処方していても体内にお薬が留まっててしまうような場合、逆に体内からお薬が抜けてしまっている場合がありえるのです。
多くのお薬は、これらを念頭に置いて開発されており、適正な使用量の範疇の限りは、ほとんどの方が安全に使っていただけるように、適正処方量が設定されています。また、肝機能障害や腎機能障害をお薬が誘発することは現実的に稀ではあります。特に適正にお薬を使うことで、安全に治療効果が発揮され、中毒症状など有害な事象を避けることができるようになっています。しかし、お薬の中にはこの治療濃度と中毒症状が出現する濃度の幅が狭いものもあります。こうしたお薬を使う場合は測定することはとても重要となります。
お薬を安全につかっていくために
お薬を使う時はこれらを考えながら処方することになります。この中で肝臓や腎臓の働きは、特に重要であることをお話してきました。注意しなくてはならないのはこれら、肝臓や腎臓の機能の問題は、お薬の投与とは無関係な、例えば脂肪肝の併存、塩分の摂りすぎ、脱水状態など、不規則な生活習慣や不摂生などでもその機能が低下します。中には、そうした肝臓や腎臓の機能が低下した理由がすぐにははっきりしない、消化器科や腎臓内科などの専門科で詳細な検査をしないと明らかとならない場合もあります。一方で、ほとんどすべてお薬(ドラッグストアに並ぶ市販薬などにも)肝機能・腎機能への影響を注意事項として記載がありますから、お薬を使っていく前、定期的にお薬を使っている場合には、これらを見ることは重要です。検査結果次第では、自覚症状がなくとも、身体的な治療・精査を優先的に考えなくてはいけないこともあります。また、お薬の投与中で何らかのからだの異変が起こっていないかどうか、確認することも重要です。これを通じて、安心して治療を続けることにもつながっていきます。これらから医師の指示に従い、副作用の予防あるいはなんらかの臓器の問題が併発してきていないかどうか、できるだけ早期発見していくためにも、少なくとも半年ないし一年に一度は定期的な血液検査を受けていただくことを推奨します。
主な血液検査の項目
白血球(WBC)
細菌やウイルスから体を守る白血球の割合を調べます。体内に炎症が起きている時に数値が高くなります。
赤血球(RBC)
酸素と二酸化炭素を運ぶ役割の赤血球は、減少しすぎると貧血になります。
血色素量(Hb)
ヘモグロビンを示します。赤血球内に存在し、酸素を運搬しています。
MCV・MCH・MCHC
赤血球の大きさやヘモグロビンの濃度を調べ、貧血の種類を分類します。
血小板数(Plt)
血管が損傷した際に塞ぐ役割を果たします。この数値が低いと出血しやすく、高いと鉄欠乏性貧血が疑われます。
GOT(AST)、GPT(ALT)
アミノ酸(タンパク質)の生成にかかわる酵素です。GOTは肝臓や心臓、筋肉、GPTは肝臓に障害がある場合にそれぞれ数値が上昇します。
γ-GTP
肝臓や胆道に障害のある時に数値が上昇します。飲酒の影響を受けやすいとされています。
BUN、Cre
腎臓の機能を反映するとされ、腎機能低下によって、これらの数値は上昇します。何らかの腎臓の病気でなくとも、年齢とともに低下する方も多いものとなります。この数値によって、お薬の量を減量調整する必要がある場合もあります。